北海道初のサケ人工ふ化施設・幻の「札幌偕楽園ふ化場」―3

 北海道初のサケ人工ふ化施設 幻の「札幌偕楽園ふ化場」-3

 北海道で初めてサケ・マス類の人工ふ化が試みられた「札幌偕楽園ふ化場」(札幌市北区北7条西7丁目)。開拓使によって1877(明治10)年から準備が進められ、まもなく施設が新築されるなど、その後の進展が期待されたが、1880年(明治13)年にわずか3年足らずの試験期間だけで事業は突如中止となってしまう。  連載3回目の今号では、前回に続いて同ふ化場が行った試験の概要に加えて、なぜ試験事業が中止に至ったのか、中止が決まるまでの経緯などについて紹介する。

 湧水使いふ化施設新設、長期の養魚試験も

 <順調にみえた試験事業のその後>

 事業の本格始動から2年目に当たる1879(明治12)年も盛んに移植放流などに取り組んだ。2月には発眼卵2万9000粒を東京官園・新宿試験場へ輸送。東京官園ではこのうち9000粒をふ化させ、8月に玉川へと放流している。11月には場内の湧水河川を利用したふ化施設が新設される。6段のふ化槽を配し、水車によって水を汲み上げる立派なもので、同時期には養魚池の下流に管理目的の水門を設置するなど事業規模を拡大強化。

  同月には豊平川産と思われる親魚から24万粒の卵を確保。12月には択捉島産のベニ卵約4万粒を根室で発眼させ、それを搬入する予定だったが、輸送中の函館で大火に遭遇し、到着したのは3000~4000粒となったとの記録も残る。

 

 わずか3年余りでふ化試験事業の中断が決定

 同年の報告書によると、前年の1878年(明治11)年初めにふ化したサケ稚魚は8寸(24センチ)、同年秋に採卵したマスについても6寸5分(21センチ)に成長しているとの記述がみられ、ふ化稚魚を長期間にわたって飼育管理することにも成功していることが分かる。

 さらにこの年には時期不明ながらサケ幼魚約100尾に標識を付けて放流したとの記録も残っている。また、たびたび行われていた卵の搬送については容器内の温度上昇を防止するために氷を使用するなど、現在の考え方や手法と大きな相違のない保冷、防寒のしっかりとした技術的知識を持って事業に当たっていたことが分かっている。

 新たに予算をかけて施設が整備され、事業の順調な進展をうかがわせる資料も残されるなど、その後の事業推進に大きな期待が持たれていたとも想像される札幌偕楽園でのふ化試験だが、1880(明治13)年、担当が開拓使製楝(せいれん)課から勧業課へと担当替えとなったのを機に中止され、この年の放流をもって以降再開されることはなかった。  主な理由としては、水温の低い養魚池では良好な成育が見込まれない点、より増殖効果が見込まれる河川への変更などが提言されていたようで、あくまで同地でのふ化放流事業が試験的意味合いの強かったことがうかがえる。

 また、当時のふ化放流に対する考え方は本来生息していない良質魚種を繁殖させる手段という側面が強かったこともあり、元から資源が豊富なサケ・マスよりもベニなどの優良他種を念頭にしたものに切り替えるべきとの思惑もあったようだ。ただ何よりもこの時点でのふ化事業継続について、多くの関係者がその困難さを痛切に感じていたということも中止を後押しした大きな要因と推測される。

 

 同時期の「七重試験場」も4年余りで廃止へ

 当時、この「札幌偕楽園ふ化場」とほぼ同時期に本道ふ化事業の黎明期を形作ったもう1つのふ化場「七重勧業試験場」について簡単にまとめると、この試験場も札幌偕楽園(札幌官園)と同様に北海道の産業振興を目的に函館近郊につくられたものだった。

 場内にふ化施設が設置されたのは1878(明治11)年だが、前年秋と推察される時期に予備的ながら人工採卵を実施したとの記録が残されており、札幌よりも約2ヵ月ほど早く人工ふ化に挑戦した形になる。記録によると、1878年に遊楽部川でマス卵300粒を採卵し1881(明治14)年まで約50尾を飼育、翌年には茂辺地川でサケ卵9000粒を採卵し100尾の飼育に成功している。

 ふ化試験は1881(明治14)年までの4年間で、札幌偕楽園と同様に短期間に終わる。ネズミや水虫の被害もあって扱った卵数は少なかったものの、偕楽園ふ化場よりもふ化成績は良好だった。  また、1879年(明治12)年に茂辺地に設立された民間初の「茂辺地孵化場」と官民の技術交流を多く行うなどの功績も残した。事業の中止は偕楽園と同じく養殖事業として見込みがないものと判断されたと推測されるが、皮肉にも茂辺地の民間施設が本試験場の役割を担うものとして試験打ち切りを促す要因になったとも推測される。

現在まで連綿とつながる本道ふ化事業の源流・官営「千歳中央孵化場」の開設は1881(明治21)年のこと。

 この民営「茂辺地孵化場」は人工ふ化技術による資源の維持を念頭に置いた最初の施設と言われ、本道の人工ふ化事業の原点として位置付けられる。そして1881(明治21)年には現在まで連綿と連なる本格的なサケ・マスふ化事業の本流となる官営の「千歳中央孵化場」が開設されることになる。(つづく)

  「週刊サケ・マス通信」2011年3月17日配信号に掲載 (参考文献=「北海道鮭鱒ふ化放流事業百年史」、元水産庁道さけ・ますふ化場長・小林哲夫氏著「日本サケ・マス増殖史」)

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